現在のK-POPならびに音楽配信市場における「アルバム」という形態の限界と変容の可能性について

リリース形態の多様化=「アルバム」の細分化

K-POPを聴き始めて自分がおもしろいなあと思ったことの1つに韓国の音楽業界の独特の慣習というかシステムの存在があります。こちらで簡単に解説されています。
http://www.musicnet.co.jp/close_up/kpop/index4.html
その中でもとりわけ興味深かったのが、これまで"シングル"のリリースはほとんどなかったという点です。歌手は基本的に"アルバム"のみをリリースしてそこから「活動曲」、その後に「後続曲」をピックアップして歌番組などで披露するというのが従来の定型的な活動の形式であったようです。


とは言いつつも、僕がK-POPを聴くようになった時期には既にとっくの前にそのような定型的な形式は絶対のものではなくなっていて、当然のように「ミニアルバム」、「シングルアルバム*1」、「デジタルシングル(オンラインのみ)」といったものがありました。
この他にも例えばGavy NJの4集のように正規アルバムを2枚のミニアルバムに分割*2してリリースするという形態があったりと、とかくいろいろなリリース形態があって今はかなり混沌としているなあという印象です。


ではなぜ従来の定型的な形式が絶対ではなくなったのかというと、そこにはやはり近年の音楽配信という新しい流通経路(オンラインリリース)の拡大・一般化という要因があるのでしょう。
「デジタルシングル」なんていうものはオフラインリリースに比べて限りなく流通コストが低いオンラインリリースだからこそ可能になった小回りの効く形態であるし、結局のところ、オンライン先行で短いスパンで音源をリリースすることが容易になったことが、伝統的なオフラインの"アルバム"というフォーマットを細分化することにつながっていったということだと思います。
ちなみに、このリリースならびに活動のサイクルの短縮化が、作り込み不足・準備不足による楽曲やパフォーマンスのクオリティーの低下を招いているのではないかというような批判も韓国のニュースサイト等でしばしば見かけますが、それはやや方向性の異なる話になりますし、いわゆる「オーソドックスな」形式で回っていたらしい時代のK-POPについて僕はよく知らないので、ここではその話には特に触れません。

「リパッケージアルバム」というトレンド

こうしたリリース形態が多様化している状況の中で、ちょっと前に「リパッケージアルバム」というリリース形態が1つの注目すべきトレンドとして話題を集めました。
SNSD、T-ara、2AMといった人気アイドルグループが立て続けに「リパッケージアルバム」という形態でリリースを行ったためです。
僕が韓国のニュースサイトで目にしただけでも、「リパッケージアルバム」を主題とした批評記事として以下の3つのようなものがありました。


アイドルのリパッケージ アルバム発売熱風,その理由は?
参考:http://kpoptopics.tumblr.com/post/441197408

‘リパッケージ’全盛時代,アイドルが導く
参考:http://kpoptopics.tumblr.com/post/472511431

リパッケージ アルバム,レコード市場さらに萎縮させる
参考:http://ameblo.jp/hirachanpe/entry-10491771807.html


日本のK-POPを扱うブログでもこのような考察記事がありました。
「リパッケージアルバム」をめぐる雑感 - steel-sheepの芸能コラム


「リパッケージアルバム」は、最近の傾向を見る分には基本的に「既発のアルバムに新曲を2,3曲ほど追加して、装丁などビジュアル面も一新したアルバム」という形でリリースされることが多いようです。*3
「リパッケージアルバム」がトレンドになっている理由については上記の記事の中でいろいろと考察されているわけですが、ここで改めて確認しておきたいのは、単純に新曲をリリースしたいのであれば、別に「ミニアルバム」なり「シングル」なりの形式をとっても良いはずなのに、どうして新曲が「リパッケージアルバム」という形態でリリースされなければいけないかという点についてです。
結論から言ってしまえば、従来のアルバム活動における「後続曲」の位置付けに代替されるものとして「リパッケージアルバム」における新曲の存在があるから、ということになります。
ここでもやはり背景には音楽配信市場の台頭という事情が関連しています。オンラインにおいてはアルバムという枠組みはオフラインに倣う形で一応維持されているものの、アルバム単位で音源をまとめて購入することは必然ではなく、アルバム内の各トラックを個別に購入することも可能になっています。そのため、最近では「活動曲」以外のアルバム内の楽曲に関しても、出来の良い曲はアルバムの発売と同時に「単独で」クローズアップされて早々に消費されがちな傾向にあります。
このことが、オーソドックスな「後続曲」活動が成立しにくい1つの要因となっています。「後続曲」として選ばれるような曲は、多くの人にとって「後続曲」活動を始めるような頃には既に飽きられて新鮮味のないものになってしまっているのです。
そのため、従来の「後続曲」活動に代わる方式として、歌手に対する関心を維持し、かつ、新たな話題を作ることもできる「リパッケージアルバム」の新曲による活動という方式が多くとられるようになっているのです。
既発の「アルバム」と独立したものとして新規に「ミニアルバム」「シングル」のリリースを行わなず、あえて「リパッケージアルバム」をリリースする背景には、これがすべてではありませんが、このように「アルバム単位での活動」という従来的な韓国の音楽業界の活動の形式の枠組みを維持するためという側面があります。


この「リパッケージアルバム」というトレンド、見方によっては非常にアイロニカルな面があるところが興味深いです。
なぜならば、「アルバム単位での活動」という枠組みを維持するために用いられている手段が、結果として従来的な「アルバム」というフォーマットを変容させているようにも思えるからです。


もし「アルバム」というフォーマットが単なる楽曲の集合体ではなく、1つの「作品」であるという「神話」を信じるならば、「リパッケージアルバム」というものに触れた時に考えることの1つが、「オリジナルとリパッケージのどちらが正統な作品なのだろうか?」ということではないでしょうか。
リパッケージが正統な作品であるならばオリジナルは未完成な作品だったのか?
オリジナルが正統な作品であるならばリパッケージは単なる蛇足なのか?
後から追加された新曲が「ボーナストラック」ということであるならば当然このような問題は生じないのですが、「リパッケージ」であるが故に「作品性」という観点から両者の比較を行った場合どうしても正統問題は避けて通れないように思われます。


しかしながら、そもそもそのような問題の立て方自体、2つのアルバムがそれぞれ完結した個別の作品であるという認識が反映されたものであるということを自覚することが必要です。
実際、物理的な2つの「パッケージ」を目にするとその2つのアルバムをそれぞれ個別の「CD」であるとみなしてしまいがちです。
「CD」という「パッケージ」はそれ自体「静的」なフォーマットなので。
けれども、先に見た「リパッケージアルバム」の位置付けというものを鑑みれば、「オリジナル」と「リパッケージ」の関係というのは、同じ時間軸上の異なる位置に存在しているだけであって作品としての同一性は共有しているものであるという見方も可能です。
つまり、「アルバム」が「静的」なフォーマットであるという認識を強く持つならば2つの作品は個別の作品ということになるし、「アルバム」が「動的」なフォーマットであるという認識を新しく持つならば作品としての同一性を2つのものの間に見出すことが可能になります。


現在に到るまで、「アルバム」というフォーマットは主にレコード・CDという物理的な「パッケージ」に規定される形で流通してきているので、基本的には「静的」なものとして存在していると言うことができるでしょう。
ところが、「リパッケージアルバム」は物理的には従来的な「静的」なフォーマットをとっていながらも、一方で内容的には「動的」なフォーマットの存在を暗示しているというある種の矛盾を内包した形態になっています。


このようなアイロニカルな面のある「リパッケージアルバム」という形態でのリリースが現在トレンドになっていること自体が、実は今後のK-POPにおいて「アルバム」がより「動的」な方向へと変容していくことへの前触れになっているのではないかという気がしないでもないのです。

音楽配信市場における「アルバム」の在り方

今や全世界的に音楽配信という流通経路が一般化して、特に従来のシングル市場はかなりの部分そちらの方に移行しちゃっているんじゃないかという印象がありますが、一方でアルバム市場に関しては依然としてオフラインの方も強い存在感を維持している印象があります。というか、アルバム市場に関しては基本的にオフラインがまず念頭にあって、オンラインの方はついでに配信しているだけという感じだと思います。
アルバム市場がなかなかオンラインメインにならない理由は、極論を言ってしまえば「アルバムという形をとる必然性がないから」でしょう。
オフラインにおいては「アルバム」はCDという1つの物理的な「パッケージ」として存在しますが、オンラインにおける「アルバム」はただオフラインの形を模倣するという形で楽曲がまとまったものにすぎず、しかも楽曲ごとにバラ売りもされているので、「アルバム」という枠組みは一応存在はするもののオフラインに比較すると圧倒的に存在感が薄いと言えます。
だからこんな揉め事が起こったりするわけです。


アルバム曲の個別ダウンロード禁止、ピンク・フロイドがEMIに勝訴 国際ニュース : AFPBB News

【3月12日 AFP】英ロックバンド、ピンク・フロイドPink Floyd)がアルバムの収録楽曲のインターネットでの個別販売をめぐって英音楽レーベル大手EMIを訴えていた裁判で11日、ピンク・フロイド側が勝訴した。

 英高等法院は、EMIとピンク・フロイドとの契約の中に、「アルバムとしての芸術的な完全性を保持する」ことを定めた条項があることを指摘。この制限に基づいて、EMIはアルバムに収録された楽曲についてはバンドの承諾なしに1曲ずつ個別に販売することはできないと認定した。(c)AFP

この案件においてピンク・フロイド側の主張するところは十分理解できますし、僕自身曲がりなりにも「アルバム」というフォーマットの「作品性」を信じている人間なので、彼らの作品に限らず、もともと「アルバム」という形で存在していたものは「アルバム」単位で聴くというのが望ましいのだろうなあとは思います。
けれども、より突き詰めた考え方をしてしまうと、彼らの製作した作品自体がそもそも収録時間やA面が終わったら引っくり返してB面へといったLPレコードの物理的なストラクチャーに依存・規定されているもののはずで、それが全く制限事項が異なるストラクチャーに移行した時点で「アルバムとしての芸術的な完全性を保持する」ことはとっくに不可能になっています。「アルバムとしての芸術的な完全性」とやらはおそらくオリジナルのLPレコードでしか再現され得ないものでしょう。
アルバム単位で聴くかどうかは聴く側の自主性に任せればいいことで、わざわざ個別販売という形を制限する必要があるのかどうかということについては正直なところ疑問です。
先にも述べたように、音楽配信市場においては別に「アルバム」というまとまりで楽曲を販売する必要性などどこにもないのです。
だから、もし「アルバム」という形で作品の「完全性」を保持したいのであれば、単なる制限というネガティブな方向性でそれを実現しようとするのではなく、音楽配信市場に適合する何らかの新しいフォーマットを提示するという方向性であってほしかったというのが僕のこの件に対する率直な感想でした。


と、そんなことを考えている時にこんな記事を目にして驚きました。同時に可能性を感じました。


音源市場流通構造変わる…’スマートフォン アルバム’時代
参考:http://kpoptopics.tumblr.com/post/479200464


記事タイトルだけを見ると、スマートフォンアルバムが音源市場の新しい流通経路として加わることが画期的であるような印象を受けますが、そうではありません。流通経路自体は従来の音楽配信の亜種のようなものなので、さほど画期的ではない気がします。
より重要なことだと思うのは、この「スマートフォンアルバム」という形態によって従来の「アルバム」というフォーマットが「アプリ」というフォーマットへと置き換えられている点です。
中でも特に注目したいのはこの部分。

だが’スマートフォン アルバム’は音源だけでなくミュージックビデオと写真も共に提供して,アップデートを通じて多様な応用サービスが可能だ。


まず、「スマートフォンアルバム」は音源のみならず、その他の様々なコンテンツが一体となった統合的な環境であるという点。従来的なアルバムのフォーマットを維持するにとどまらず、今まで以上に様々な面から作品の世界観を作り込むことが可能になっています。


さらには、アップデートを通じて進化するものであるという点。
この点は、少し前に触れた「リパッケージアルバム」の話とつながってくるのですが、「スマートフォンアルバム」という形態においてはもはや「アルバム」は決して「静的」なフォーマットではないのです。
アプリ内の情報は絶えず更新されていく可能性がありますし、「リパッケージ」のような試みもアプリのアップデートで可能になります。
作品としての同一性を共有しているという観点から考えれば、むしろ「リパッケージ」は物理的なパッケージのリリースではなく、本来このようなアプリのアップデートという方法で行われるべきではないだろうかとも思います。


実際にこの「スマートフォンアルバム」という形態がうまいこと軌道に乗って普及するのかどうかということに関してはよく分かりません。スマートフォン市場の勢力図なんかも関係してくることですし。
ただ、従来の「アルバム」というフォーマットを補完できる可能性がある1つのフォーマットということで注目する価値は十分にあるのではないかと思います。

まとめられない

以上、音楽配信市場の拡大という背景を共通項として、現在のK-POPにおけるリリース形態の多様化、リパッケージアルバムの流行、スマートフォンアルバムの登場といった特徴的なトピックについて思うところをなんとなく書いてみました。
全然頭の中がきちんと整理されていない文章で申し訳ございません。
とりあえず現在のK-POPは市場的にも現在進行形で新しいことが次々と起こっていておもしろいです。
過去の縮小再生産のようなことが延々と繰り返されて次第に高まる閉塞感しか感じられない文化にうんざりしている人には、なにかよく分からないけれども今までに見たことのない新しいことが起こりそうな気がする現在のK-POP(特に女子アイドル)おすすめですよ。

*1:実質「マキシシングル」。ニュース記事などで時々この表記を見かけますが紛らわしいと思います

*2:「サイドA」と「サイドB」という形態はLPレコードの構造に対するアナロジーにもなっているところがおもしろい

*3:これにも例外が多々あり、場合によっては曲が入れ替えになったり、変わったところではBEGの3集のように何故かアペンドディスク的なものがリパッケージという名目でリリースされている例も見られます